スリーパーズ

 

友情が血よりも濃いとき

 

ちょっとしたいたずらが悲劇を生んだ。4人の少年たちは少年院に送られ、そこで身も心もズタズタにされる。13年後、彼らは復讐のチャンスを得る。

 

ニュー・ヨークはマンハッタンの西側、ヘルズ・キッチン(地獄の調理場)と呼ばれる地区で4人の少年たち、マイケル、シェイクス、ジョン、トミーは固い友情で結ばれていた。いたずらをしようとした彼らは、間違いから老人に大怪我を負わせてしまう。ウィルキンソン少年院に収容された彼らは、暴行を加えられ、辱められ、性的虐待を受ける。それも、彼らを守る立場にある看守たちから。

歳月が過ぎ、少年院でのことを自分たちの胸に収め、別々の道を歩む4人。マイケル(ブラッド・ピット)は地方検事に、シェイクス(ジェイソン・パトリック)は新聞記者に、ジョンとトミーはマフィアの一員になっていた。ある日、ジョンとトミーが偶然、街中で元看守に出会い射殺してしまう。彼らは裁判にかけられるが、そこからマイケルとシェイクスによる復讐劇が幕を開ける。

 

「実話に基づいた」とされるこの映画は、当初その信憑性の方が映画のできより話題になった。しかし、フィクションかそうでないかは、映画を観るうえで一番大切なことではない。バリー・レヴィンソン監督(「レインマン(1988)」)は、子どもの虐待とその復讐というデリケートな題材をていねいに扱い、才能あふれる俳優陣がそれぞれの役割を慎重に演じることで、この作品は一見に値するものとなっている。いかにも自信無げな頼りない弁護士を演じるのは、ダスティン・ホフマン。ケビン・ベーコンが強烈な悪役に徹し、ロバート・デ・ニーロは相変わらずの存在感で、神父ボビー役を映画の中で一番信頼のおける人物として描き出す。

 

この映画での一つのテーマは、“嘘(偽証)”。カトリック(キリスト教の一派)では、罪とは悪いことと知りながら自由意志をもって、神の掟に背くことだという。人は4つの方法で罪を犯すそうだ。つまり、傲慢な気持ちを抱いたり、人を憎んだり、思いで罪を犯す。嘘を言ったり、人の悪口を言ったり、言葉で罪を犯す。人を傷つけたり、殺したり、人のものを盗んだり、行いで罪を犯す。そして、なすべきことをしないことによって、怠りで罪を犯す。

 

もちろん、このような掟や教えはキリスト教徒のみならず誰もが知っていることである。しかし、私たちは、いつも“掟ありき”で人生のできごとに対処していけるわけではない。生活の現実の中に身を置き、悩み、苦しみ、倫理的な答えは、とうにわかっているのに、「ああでもない、こうでもない」と結論を先延ばしにしながら甘えている。アルコール依存症からの回復プログラムでは、「分かち合い」をすることで、生活の現実を神の教えに近づける方法をとっているという。聞いてもらったり、聞いてあげたりして育つ信頼関係の中で、本音を言えるようになると、正論では解決しない問題も、その人その人の解決への歩みを始めることができるそうだ。

 

人は、盲目的な信仰に身をゆだねるより、自分の頭で考え、自分の意志で一歩を踏み出すほうが、人生をより豊かなものにできるのではないだろうか。(G)

 

1996年・米・147分・日本ヘラルド映画配給

 

 

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