マダム・イン・ニューヨーク

 

~新しい自分を見つけよう~

 

ガウリー・シンデー女史が脚本・監督を務めたインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」では、シャシ(シュリーデーヴィー)という柔和な女性の変容が描かれる。ヒンディー語しか話せない人の良い主婦が、4週間で英語を学ぶ短期集中コースを経て、自信にあふれる世界市民へと変貌する様子を描く。

 

 インド人=英語が上手というイメージをおもちの方が多いのではないだろうか。しかし、実際に英語を話すことのできるインド人は、全人口の20%程度であると言われている。

 CNN English Express 2014年07月号(朝日出版社)に、現代インドの英語事情について次のような説明がある。「インドの識字率は2011年にやっと74%に達した。国民の4分の1以上が経済的に恵まれず読み書きさえできない。一方、生活に余力のあるインド人は英語力向上に狂奔している。英語がインド人を社会的・経済的に分断している。」

 

 シャシは、インド西部に住む献身的な母親で料理が得意、旦那は忙しいビジネスマンだ。彼女の作るお菓子は多くの人に激賞され、細々とではあるが商売としても成立していた。しかし、彼女の家族は彼女を召使のように扱っていた。思春期の娘は、英語のできない母親をあからさまに侮蔑し、夫からは、「うちの女房は菓子作りしかできない」と思いやりのない言葉を聞かされる。

 そんなとき、ニューヨーク市に住む姪の結婚式に呼ばれ、単身米国へ旅立つこととなったシャシに、英語ができぬゆえの災難が降りかかる。入国手続きで言葉が通じず、カフェでコーヒー一杯の注文さえままならない。自分の無力さ、それまで募っていた不満、劣等感に苛まれ彼女が取った選択は、バスの広告にあった英会話の短期集中コースの受講だった。

 

 彼女のクラスには、パキスタンから来たタクシー運転手、南インド出身のエンジニア、メキシコ人のベビーシッター、フランス人のシェフなど様々な人種・職種の人々がいた。それぞれに英語を学ぶ目的は違うものの、英会話ができるようになるという共通の目標をもっていた。互いに覚束ない英語で意思疎通を図る中、支え合う雰囲気が結束を生み、シャシの英語も少しずつ磨かれていった。

 姪の結婚式で、シャシは覚えたばかりの judgmental (性急に、一方的に判断を下す)という単語を使って、英語でこうスピーチをする。
Family can never be judgmental.  Family is the only one who will never laugh at your weakness. (家族は、あなたを決して偏見によって決めつけたりしないもの。家族はあなたの弱さを絶対に嗤ったりしないもの。)

 

言葉は、人と人とをつなぐものである。決して人と人とを分かつものとなってはならない。自身の体験からこの映画を作ったというシンデー監督は、「この映画は、私なりの私の母への謝罪と感謝であり、すべての女性に捧げたい作品でもあるのです」と述べた。身近な話題を心に残る台詞で彩り、丁寧な人物描写が独創的なBGMと相まって観る者をグイグイと惹きつける。

 この映画を忘れられない作品としているのは、シャシが新しい自分を作るために取る一つ一つの選択である。そこには常に情熱と尊厳があり、シンデー監督と主演のシュリーデーヴィーによって、軽やかに快く描かれる。見た後にさわやかな気分になり、何度でも見たくなる感動作である。(G)

 

(2012/インド/134分/彩プロ配給)

 

 

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