あなたを抱きしめる日まで

 

~怒り、憎しみ~

 

人に対して怒りをもつことは、私たちの日常で頻繁に起こることである。素直な怒りの表現は、心身や人間関係を健康に保つためにとても大事なものとも言われる。
しかし、怒りの感情を受け止めてもらえなかったとき、人は「なんとかして謝らせたい」「相手にも同じような思いをさせてやりたい」「見返してやりたい」などという気持ちになり、怒りが憎しみへと変わっていくこともある。

 

「あなたを抱きしめる日まで」は、ジュディ・デンチ演じる頑固だけれど思いやりのあるアイルランドに住むカトリック教徒の「フィロミナ」という70代の女性が、10代のときに生き別れた息子を探し出そうとする実話に基づいた話である。

 

この映画、様々な顔をもっている。シリアスな題材を扱いながら喜劇であり、二人の登場人物が旅をするロードムービー⑴であり、真実を追究する探偵ものでもあり、宗教にかかわる信仰心や無神論者についても考えさせられ、わが子を思う母の愛の偉大さにも気づかされる。

フィロミナが10代で妊娠したのは1952年のこと。女子修道院に送られ、そこで奴隷のように過酷な労働に数年間従事させられる。

それは、その当時のカトリック教徒たちが婚前妊娠という「罪」を犯した者たちに与えた「罰」であった。自分の娘の行いを恥じた親たちが、「悪い娘」を自分たちのもとに置いておきたくなくて、教会を頼って取った方法でもあった。そのような娘たちは、刑務所のような集団生活の中で、1日1時間だけ自分の子どもと会う時間を許されていた。ある日フィロミナの息子のアンソニーは、裕福なアメリカ人の夫婦によって前触れもなく連れ去られる。修道院が、3歳の男の子を1,000ポンドで売ったのだ。親子は、無理やり引き離されてしまう。

 

それから、50年後、70代になったフィロミナは、BBC(イギリス国営放送)の外交記者だったマーティン(スティーヴ・クーガン)と出会い、一緒に息子を探してくれないかと頼む。皮肉屋で無神論者のマーティンは、フィロミナの身に起こったことを記事にすることを条件に、その女子修道院へと向かうのだが……。

 

映画が佳境に入るのは、アンソニーの居所がわかり、フィロミナとマーティンのアメリカへの二人旅が始まってからだ。恋愛小説が大好きな人懐っこいフィロミナとがさつで他人に対して不躾な態度を取るマーティンの掛け合いに、大笑いさせられたと思ったら次の瞬間には涙をそそられる。懐疑的なマーティンは最後まで懐疑的で、信仰心の厚いフィロミナも彼女の考えを変えることはない。二つの大きな柱が、くっつくこともなく離れることもなく最後まで観る者の心を安定した状態で支えてくれる。

 

フィロミナは自分の不幸な境遇に対して、誰を恨んだりもせず、憎悪の感情ももたない。「私は人を憎みたくないわ。怒りの感情を持ち続けたくないもの。だから人を許すのよ」というフィロミナの言葉が心に残った。私たちは、自分の心の中から憎しみやねたみ、わがままな考え方、冷ややかな見方を一掃してしまいたい。そして、人間性の素晴らしさをみなで褒め称え、全てを包み込むような大きな愛を育みたい。他人に対する否定的な態度からは、良いことは何も生まれてこないのだから。

 

スティーブン・フリアーズ監督は、面白さの中に感動を織り込み、繊細な描写でこの映画を作り上げた。フィロミナが与えてくれる勇気と気高さは、必ずあなたの心を揺り動かすだろう。(G)

 

2013年・英=仏・98分・ファントムフィルム配給

 

(1)映画のジャンル。旅の途中で起きる様々な出来事が物語となるもの。

 

 

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