君と歩く世界

 

錆と骨

 

 「君と歩く世界」は、ジャック・オディアール監督による恋愛映画だ。カナダ人作家クレイグ・デヴィッドソンの短編小説を基に20代半ばの無職の男がシャチの調教師と恋に落ちる経緯を語っていく。ところが、フランス語の原題は、「錆と骨」という意味だ。これはボクシング用語で、口内で感じる血の味のことらしい。顔面を殴打されて口の中で出る血のことを表しているという。男女の甘いロマンスには似つかわしくない題名だが、映画を見ると納得する。

 

 5歳のサムとその父親アリ(マティアス・スナーツ)は、アリの姉アナを頼って南仏のリゾート地、アンティーブの街にやって来た。美しい海岸、きらめく波しぶき、ヤシの木を背景に、しかしオディアール監督が描くのは、スーパーマーケットのレジ係や夜警の仕事をするアナやアリのような肉体労働者の生活である。

 現代フランスの社会の様相を労働者階級のくらしを中心に映し出す。経済的困窮、家族の崩壊、雇用者と労働者の反目。しかし、それ以上に主要なテーマになっているのは、痛めつけられた心とぼろぼろにされた体である。

 

ステファニー(マリオン・コティヤール)は、観光名所マリンランドでシャチの華麗なショーを指揮していたとき事故に合い、両脚の膝から下を失ってしまう。失意のどん底にあった彼女の心を開かせたのがアリだった。彼は、他の人のように同情心でステファニーに接するのでなく、10年も前から知っている友人のように話しかけ、両脚がないことを知りながら「泳ごうよ」と彼女を海の中へ誘うのだった。

 

 この物語は、打ちのめされた状態の人が、癒され立ち直る軌跡を描いてゆくのだが、根幹に流れるのは烈しく無骨な感情のほとばしりだ。強く美しいステファニーと粗野で野性的なアリという二つの魂がぶつかり合い、不器用だけれどまっすぐな優しさで助け合い、信頼し合う。甘いささやきの代わりに、躍動する生命の衝動を伝える恋愛映画である。

 主だった登場人物は、みな日々闘っている。生活と闘い、自分自身と闘い、世の中の残酷さと闘う。人が倒れそうなときに、だれかに支えてもらうことはある。くじけそうなときに「がんばれよ」と励ましてもらうこともある。しかし、それは、日々の闘いをだれかが代わりにやってくれることとは違う。目の前の困難に立ち向かうのは他でもない自分自身しかいないのだ。どんなに辛く、惨めで、寂しくても、その辛さをだれかにそのまま、「はいどうぞ」と渡すことはできない。現実をきちんと引き受けて、逃げずに闘うことを選んだ人だけが新たな希望を抱くことができるのだ。そして、その逃げずに闘う姿に、わたしたちは共感するのだろう。

 

情け容赦ない運命に翻弄されながら、気高さを失わず自分たちの状況を乗り越えようとするアリとステファニーの断固とした挑戦を応援せずにはいられない。そして、人はなぜひとりではなくだれかと一緒に生きたいと願うのか、という根源的なテーマを探求したオディアール監督の視点の奥深さに感銘を受けずにはいられない。希望の光のありかを探し求める人たちをみごとな映像美で描き出すこの作品は、あなたの心にも強烈な血の味を残すであろう。(G)

 

2012年・フランス=ベルギー・122分・ブロードメディア・スタジオ配給

 

※本作品は、性交、暴力、獰猛な動物、保護者の育児放棄などの描写があるため、【R15+】という映倫区分による観覧年齢制限があります。15歳以下の鑑賞には成人保護者の同伴が必要です。

 

 

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