ビル・カニンガム&ニューヨーク

 

慧 眼

 

1929年生まれのビル・カニンガムは本年御年84歳となる。かのニューヨーク・タイムズのファッション欄を担当する現役のジャーナリスト=カメラマンだ。50年以上にわたりマンハッタンの街を闊歩する人々の写真を撮り続け、2008年にフランス文化省から芸術文化勲章オフィシエを授与されるほどの影響力をもつ人物である。

リチャード・プレス監督がビル・カニンガムを題材にした記録映画の制作を決意してから、ビルを説得するのに8年、撮影と編集に2年かかったという。それほどまでにこの人物、映画の被写体として興味深かったということだ。それは、彼の仕事に対する姿勢だけでなく、一人の人間としての彼の魅力がプレス監督を突き動かしたからに違いない。

 

世界中から信頼を得続けている現役ファッション・フォトグラファーは、しかし全部で5着くらいしか服をもっていないようだ。毎日のように羽織るお決まりの青い作業着は、量販店で20ドルで手に入れたもの。ランチには3ドルしかかけず、狭いアパートには台所がなく、トイレとバスは共同だ。自転車で移動し、今まで撮影したネガの入ったキャビネットで埋め尽くされた部屋の折りたたみ式ベッドで眠りにつく。必要ないものを一切削ぎ落とした質素な生活を送る自由人は、類まれなる審美眼をもち、仕事以外に興味を示さない。

名声も富もビルの心を動かさない。有名人だろうがお金持ちだろうが、そんなことはどうでもいいのだ。ビルの興味は、ただ服だけにしぼられる。新しいスタイル、シルエット、色づかい、それがすべてだという。

 

そんなビルを見ていると、「慧眼」という言葉が頭に思い浮かんできた。全てのものをありのままの姿でとらえ、深い知識で物事を判断することができる力。偏見や先入観にとらわれることなく、平等な視点で、冷静に本物を見抜く眼力のことである。

しかし、この眼は、邪な気持ちによって曇らされる。欲深く物をほしがったり、腹を立てたり嘆いたりすることによって、大切な知恵が失われてしまうことも起きてくる。映画の中で、ビルは多くの示唆に富んだ言葉をくれるのだが、その中に、「金をもらわなければ、口出しされない。すべてに通ずる鍵だ。金に触れるな。触れたら最後だ」というのがある。自分に正直でいるために、ビルは自身で決めた約束事を守り通す。

とことん美を追い求め、自分の納得がいくまで徹底的にこだわり、最高のパフォーマンスを導き出すことができるようコンディションを整える。一時も無駄にすることなく日々誠心誠意を尽くすビルの姿から多くのことを学ぶことができる。

 

さて、なんだか完璧な職業人という印象を与えてしまったかもしれないが、本人はいたってお茶目なおじいちゃんである。こんな人が同じ職場にいたら楽しいだろうなと思わせてしまうビル・カニンガムのドキュメンタリーは、私たちをあたたかい気持ちにしてくれる。喜び勇んで仕事に興じるビルの姿に、見ているこちらも幸せな気分になれる作品である。(G)

 

2010年・米・84分・スターサンズ配給

 

 

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