ミリオンダラー・ベイビー

 

あなたの人生観への強烈なパンチ

 

肉を切らせて骨を断つ」という言葉があるが、この映画には肉を切られた後に、さらに骨まで断たれた。「ミリオンダラー・ベイビー」は、アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演女優賞・助演男優賞という主要4部門を独占した見ごたえのある作品である。

ストーリーは単純だ。「ボクサーになるには遅すぎる」と言われた31歳の女性ボクサー、マギー(ヒラリー・スワンク)が、「女には教えない」と最初は頑なにコーチを拒んだ初老のトレーナー、フランキー(クリント・イーストウッド)の指導で成功を手に入れる。だが、百万ドルをかけた大勝負で二人の人生は大きな転機を迎える。

 

カラーの映画なのに白黒かと思わせるほどの、派手さのない、しかし細部にまでこだわった大人の映画である。トレーナーと共にジムを支えてきた元ボクサー、スクラップ(モーガン・フリーマン)の存在も作品の奥行きを深めている。この魅力ある重要な役柄とナレーションを、抜きん出た実力を持つ彼が務めることで、映画に心地良いリズムとあたたかさを与えている。

「ボクシングは、貧乏人が殴り合う姿を金持ちが眺めるスポーツ」と言う言葉があるが、貧困家庭に生まれ、ボクシングで底辺から這い上がっていこうとするマギーの姿を、ヒラリー・スワンクは捨て身の演技で観るものに体感させる。

 

マギーとフランキーはアイルランド系のアメリカ人である。敬虔なカトリック教徒の多いアイルランドを象徴する色は緑。町並みにあるさまざまな標識には、英語と古くから使われ美しい響きを持つゲール語が用いられている。そのゲール語でMo cuishle(モ・クシュラ)と刺繍された緑のガウンをフランキーはマギーに贈る。この意味については、ぜひ映画を観て確かめていただきたい。

 

映画の前半3分の2は、ボクシングに関する名言・月並みな表現で埋め尽くされる。しかし、それを新鮮に楽しませてくれるのは、洗練された脚本・工夫された演出、そして最高レベルの演技によるものだろう。娯楽映画として単純に楽しめる内容となっている。

しかし、後半は容赦ない結末が用意されている。大きな壁にぶち当たり、自分ではどうしようもない問題に悩まされ、迷いながら「それでも人生は素晴らしい」というメッセージを、今や巨匠監督となったクリント・イーストウッドは私たちに訴える。

 

ほんとうの幸せとは何だろう?ほんとうの自分を見つけることが、ほんとうの幸せへの近道だ。自分を知り、自分の中に眠る力を目覚めさせ、発揮して生きることだ。しかし、その幸せも恒久に続くとは限らない。永久に続く幸せなんて、人生には期待できないのかもしれない。そのときを、今を、命いっぱい生きることでしか、人は自分を見つけることができないのかもしれない。

 

「ミリオンダラー・ベイビー」は語るに難しく、根底にあるテーマは賛否両論のある、物議を醸す問題である。単なる娯楽映画と思ったら大間違い。性別や年齢を超え、人が生きる根源的な意味を問いかける稀有な作品といえる。

 

見終わった後、テン・カウントで立ち上がれるか、ぜひ挑戦してみてほしい。私は強烈なボディー・ブローを浴びて、映画館でしばらく席を立てなかった。(G)

 

04年・米・133分・ムービー・アイ=松竹配給

 

 

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