最強のふたり

 

さあ、人生に繰り出そう!

 

 岩手県立総合教育センターがHP上でも公開している「いじめ問題の初期対応と対応マニュアル」に、「からかい」と「あざけり」の違いがわかりやすく書かれている。

 「からかい」は、からかわれた子どもが傷つかない原則、心構えをもっている。だから、片方がうっかり相手を傷つけるようなことを言ったり、相手が傷ついたことに気づいたりしたら、言った側は自分の過ちを認め、行いを改める。そこでは、お互いの基本的な尊厳が保たれ、からかう側は相手と一緒に笑うつもりでいる。

 

 それに対して、「いじめ」は相手が「負け」を認めているにも関わらず、執拗に特定の子を継続的にあざけり、攻撃を続ける。「いじめ」は相手に精神的な苦痛を与えることを目的として行うため、相手が苦痛を感じていることに喜びを感じていく。ゆえに、この行為は継続し、エスカレートする。相手を笑っているのであって、相手と一緒に笑うわけではない。そこには、相手の自尊心を損なおうという意図がある。

 

 「最強のふたり」に出てくる主役ふたりの間で交わされる「からかい」は、最初はムッとする雰囲気で始まっても、最後にはふたりの大笑いを引き出すもので、その場にいるみんなにも映画を観ている人にも元気いっぱいの笑顔と生きるエネルギーを与えるものとなっている。

 

 パラグライダーの事故で首から下が不随になった大金持ちのフィリップは、仕事を引退し、宮殿のような家で静かに生活を送っていた。彼には付きっきりの介護者が必要で、その仕事に応募してきた前科のある黒人青年のドリスが採用されることとなる。

 「働かざる者食うべからず」などと意地悪にからかいながら、フィリップの目の前で自分だけクッキーを食べるドリスは、全力で介護の仕事をしながらも自らの雇い主に決して媚びることはない。そして、その姿勢にフィリップは居心地の良さを見出していくのだった。

 

 複雑な家庭環境に育ちスラム出身のドリスも、車いす生活で最愛の妻を失くしたフィリップも、ともに孤独と闘いながら人生を歩んでいるのだ。しかし、この映画のテーマは「孤独」ではない。何もかもが正反対だが、共通の生き方を模索するふたりが最高の友人関係を築いていく過程が素晴らしいのだ。

 実話に基づいたこの作品に生命を与えたのは、フィリップを演じたフランソワ・クリュゼとドリス役のオマール・シーだ。音楽も文学も服装も考え方も何から何まで嗜好の違うふたりが、最強のコンビになるまでをとても自然に描き出してくれる。そして、ふたりが織りなすワクワクするような冒険に私たちを誘ってくれる。

 

 最後の場面は展開が分かっていた。そうなるって分かっていたのに、涙がどんどんあふれて止まらない。明日何が起こるかわからない。そして、人と人との出会いは不思議なものだ。そんな今まで聞いたことのある当たり前のことも、その場になってみないと実感はできないものだ。だから人生は素晴らしいのだろう。笑えて、涙があふれて、心が躍る物語をぜひ堪能してほしい。(G)

 

11年・仏・113分・ギャガ配給

 

 

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