わたしを離さないで

 

命短し恋せよ少女

 

 カズオ・イシグロは、1954年に長崎で生まれた。5歳のとき、海洋学者の父の仕事でイギリスに渡り、そのまま永住する。1982年にイギリス国籍を取った日系イギリス人である。日本語は全く話せないそうだ。大学卒業後、作家として活動し始めた彼は、1989年「日の名残り」という作品で、イギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞。一躍有名になり、現在では欧米で最もよく読まれている作家の一人である。

 「わたしを離さないで」は、彼の同名小説を基に作られた映画である。同じ寄宿学校で育った幼なじみの3人の、やるせない恋と友情を描いたこの物語は、倫理に関する問題や生と死、そして人間のあるべき姿までも考えさせられる作品となっている。

 

 物語は1990年代に始まる。キャシー(キャリー・マリガン)とトミー(アンドリュー・ガーフィールド)とルース(キーラ・ナイトレイ)は、牧歌的な自然に囲まれた“ヘールシャム”という寄宿学校で学ぶ仲間であった。そこでは、エミリー先生(シャーロット・ランプリング)をはじめとする保護官と呼ばれる大人たちによって子どもたちは厳しく監視されていた。外界から完全に遮断された子どもたちは、その年齢の子どもが当然するべきことを当たり前のようにやっていくのだ。遊び、ときにケンカをしながら友情を育み、絵を描き、詩を作る。ただ、ひとつ特別なことは、彼らは将来、臓器提供をするべき存在であるということだった。

 

 やがて18歳になり、ヘールシャムを後にした3人は“コテージ”と呼ばれる古い農場のような場所で、他の寄宿学校を巣立った同じような運命の若者たちと共同生活をするようになる。純粋培養のように育てられたヘールシャムとは違い、コテージでは、外の世界に足を踏み入れることが認められていた。ルースとトミーが恋愛関係になる中、キャシーは孤立していく。やがて、彼らはコテージを出て、それぞれ別々の道を歩んでいくことになる。

 

 臓器移植は、そうしなければ失われたであろうたくさんの命を救う医療手段であるが、長年にわたってその倫理的問題にかかわり賛否両論を呼ぶ話題でもある。キャシーの独白が心に残ったー「私たちの命は、私たちが救う人々の命とそんなに違うのだろうか。人はみな、いつかは死ぬ。誰も人生の意味なんてわからないまま過ごしているのだろうに。誰も十分に人生を生きたと満足なんてしていないだろうに。」

 

 キャシーもトミーもルースも、「自分たちの人生は短い」と幼いころから覚悟して育った特異な存在だ。イシグロは、こう語る「人生は短いから尊いと言いたかったわけではない。人間にとって何が大切かを問いかけたかったのだ」と。

 

 人の一生のはかなさを感じたとき、私たちは何を大切に思うだろうか?物語は人の行いの一番いいところと最悪のものの両方を描き出す。全体に悲しく陰鬱な調子にもかかわらず、励まされ、元気をもらう。それは、この作品がもつ人間性に対するまなざしがあたたかくやさしいからであろう。

 人を赦すこと、相手の立場で考えること、何も言わずに寄り添うこと、自分の過ちに対する償いをすること。そのような行いが、人生を美しいものにしていくのだと思う。(G)

 

2010年・イギリス=アメリカ・103分・20世紀フォックス映画配給。

 

 

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