Mr.インクレディブル

 

愉快痛快、大人も子どもも楽しめる

 

この映画ほど、だれもがほめる映画もないかもしれない。「Spy Kid(2001年米)」のアニメ版だなんていう人もいるけれど、素直に楽しめる。

今回、ピクサーは、おもちゃでも魚でもなく、毛むくじゃらのモンスターでもない生身の人間を描きあげた。罪悪感、恋、後悔、慈しみ。アニメーションでは表現することが難しいとされてきた人間の感情を信じられないくらい丁寧に描き出している。

 

ボブとヘレンは正義のために戦う、人々の尊敬と憧れの的、スーパー・ヒーローだった。だがそのケタちがいのパワーは社会に損害を与えることも多く、訴訟を起こされ、その力を隠して生活することを余儀なくされる。それから15年。ボブは、保険会社のしがない社員として退屈と闘いながら中年太りのお腹を抱え暮らしている。妻のヘレンと3人の子どもとの生活はよくある幸せな家族のようだが、ボブはかつて自分の力を思う存分発揮できたヒーローとしての充実した日々が忘れられない。

特別な能力を十分発揮することができないという悩みは、息子のダッシュと思春期のバイオレットという2人の子どもたちにとっても同じものだった。

ダッシュが母親であるヘレンに訴える。

「パパはいつもパワーを恥じるなって言ってるよ。パワーのおかげで特別なんだ。」

「みんなが特別なの。」と、ヘレンが答えると、

「じゃあ、誰も特別じゃないってことだ。」と、ダッシュはふてくされる。

 

人間は不思議な生き物だ。新しいことに乗り遅れたくない、今をともにしたい、他人と同じでありたいという願望をもちながらその一方で、正反対の欲望をもつ。他人とまったく同じなのはいやだ。他人と違っていたい。

驚くほど滑らかなアニメーションで描かれたスーパー・ヒーローは、自分のアイデンティティと闘い、他人と違っていたいという欲望を抑えることができない。

 

個性を発揮して生きられる社会が理想だろう。しかし、自分に素直に生きようとすると、同時に自分を縛る周囲の目に気づく。成熟した社会をつくるためには、各自が責任を持って、自分の生き方を決めていかなければならない。責任ある個が集まって社会が構成されなければならない。まず個をつくり、個を認めるまわりをつくる。自分らしく生きるのは簡単なようで難しい。「~らしさ」でくくろうとする周囲の要求は、やはりまだ強すぎる。

私たち一人ひとりが、自分らしく活き活きと生きたいという気持ちを持てれば、他の人が自分らしく生きる機会すら与えられず、涙を流し、自分のアイデンティティを押し隠しながら生きていることの辛さを感じ取ることもできるのではないだろうか。それぞれがそれぞれの立場の中で持てる力を思う存分発揮できる職場や社会をつくっていきたい。

 

映画の中で、母親が2人の子どもに、「Your identity is the most valuable possession.  Protect it.」と言う場面があるが、これは「正体がばれないようにしなさいよ。」という意味と、「個性を大切にしなさい。」という二つの意味があるのではないだろうかと考えてしまった。(G)

 

2004年・米・115分・ディズニー/ピクサー

 

 

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