海を飛ぶ夢

 

死ぬ権利を得るための闘い

 

安楽死には、消極的安楽死と積極的安楽死がある。延命措置を中止するのが消極的安楽死で、薬物などを用いて意図的に死を招く行為を積極的安楽死という。積極的安楽死は、世界のほとんど全ての地域で犯罪とみなされている。

積極的な安楽死が禁止されているスペインで1990年代を通じてその権利を法的に認めるよう主張した人物がいた。1943年生まれのラモン・サンペドロは、25歳のとき、岩場から海に飛び込み、海底に頭を強打して首から下が不随となった。30年近く寝たきりの生活を送ったが、1994年「死ぬ権利」を求めて裁判を起こす。彼の闘いは国内外のメディアで大きく取り上げられたが、結果的に解決は図られなかった。

 

今回紹介する「海を飛ぶ夢」という映画は、この実話に基づく物語である。スペイン人俳優のハヴィエル・バルデム(「ノー・カントリー」)によって繊細に演じられる主人公はベッドの上で動くことができない。しかし、時々ベッドから自力で起き上がり、窓から飛び立ち、家から臨むことのできる海の上を飛ぶ夢を見るのだ。それは、かなわないとわかっていながらも想わずにはいられない彼の鬱積した気分を昇華させてくれる空想だった。

 

この作品は、観ている者をからかうような矛盾をつきつける。はっきりと「積極的安楽死」を支持する姿勢をとりながら、自分では動くことのできないラモンは周囲の人々の愛と援助で充実した生活を送っているのだ。首から上しか動かすことのできない身体の気まぐれな男性は、機知に富み、音楽を愛し、魂をこめた詩をしたためる。献身的に身のまわりの世話をする義姉のマヌエラをはじめ、ラモンの「死」の求めに頑強に反対する兄のホセ、ラモンを父のように慕う甥のハヴィ、そして年老いた父。家族は、それぞれにラモンと生活をともにしながら、惜しみなく愛を与える。

映画はラモンに深くかかわる二人の女性についてもふれる。彼の裁判を支える弁護士のフリアと彼に「人生は生きる価値がある」と説くロサだ。彼女たちは、ラモンの愛にふれる中で、それぞれが彼に出会うまで思いもしなかったようなことをやり遂げていく。「死」を願う人物が、彼の周りの人々に人生の意味や価値やかけがえのなさを教えていく。自分の体は動かすことができないけれど、彼には他人を感動させ突き動かす力があるのだ。

 

「人間と死を語るこの映画は、私にしか作れなかったでしょう。私の作品には常にそれがテーマとしてベースにありました。人間そのものや、生きる意味を与えるもの、そしてその意味を引き裂くもの、つまり死に興味があるのです」と語るアレハンドロ・アメナーバル監督は、法廷闘争には重点を置かず、型通りの宗教論や道徳論を避けて、尊厳死について哲学的な問いを投げかける。

人生とは何か、死とは何かを考えさせる重いテーマをもつ作品だが、観終わった後は爽やかな気分にさせてくれる。それは、スペイン、ガリシア地方の素晴らしい風景とラモンがもつ落ち着いた明るさ、そして何より彼を取り巻く人々のあふれんばかりの愛情がなせるわざなのだと思う。(G)

 

04年・スペイン=フランス・125分・東宝東和配給

 

 

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