ベンジャミン・バトン 数奇な人生

 

究極のマイノリティ

 

「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず」「歳月人を待たず」「ローマは一日にしてならず」「早起きは三文の得」「時は金なり」。時間に纏わることわざや名言には事欠かない。それほどまでに時間は、人の人生に大きな影響を与えるものである。そして、お金と違い「時」はどの人にも平等に流れるものである。

しかし、もし時間がある人にだけ逆に流れるとしたら・・

 

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は、F.スコット・フィッツジェラルド(1896―1940)の同名短編小説を映画にしたものだ。老人として生まれ、年を追うごとに肉体的に若くなり、赤ん坊として死んでいく男の一生を描いたファンタジー。子育て、恋愛そして死について深く思いを馳せさせられる作品となっている。

原典では、わずか数十ページのこの作品を2時間半以上の大作に仕上げたのはデヴィッド・フィンチャー監督と脚本を手がけたエリック・ロス。時間軸を逆に遡るベンジャミン・バトンの伝記は、時の流れ、さまざまな体験、恋の持つ二面性などを観るものに深く考えさせながら物語の世界に誘う。コンピュータ・グラフィックを駆使し、特殊効果もふんだんに取り入れたこの映画でほとんどそれを感じないのは、フィンチャー監督が人物描写に重点を置いているからに他ならない。その中でも特にベンジャミン(ブラッド・ピット)とデイジー(ケイト・ブランシェット)の二人の関係がほぼ全体を通して語られていく。デイジーの苦悩、変化、感傷が、純情な少女時代や若さゆえの情熱と傲慢さを抱えた時期などを通して描かれ、それが物語の重要な縦糸になっている。

 

「僕はベンジャミン・バトン。他の人とは違う運命のもとに生まれた。みんなは年をとっていくけれど、僕は若くなってゆく・・・たったひとりで。」という台詞がある。究極のマイノリティである。もしもあなたがこのような状況に置かれたらどうだろう?どのような気持ちで人生を過ごしてゆくだろうか?同じ場所で同じ時間を過ごす人とどれだけ心を通わせても、自分を犠牲にしてさえ助けたい大切な人をどれほど深く愛しても、その人たちと同じ歳月を共に生きることができないのだ。同じように年を重ね、老いてゆくことができないのだ。その運命を受け入れることができるだろうか?

私たちは時の流れとともに変化し、去年と全く同じ人間ではない。私たちの愛する人たちもそうだ。刻々と変わる自分とともに変わりゆく人々を愛し続けられることがどんなに幸せなことであるか。しかし、それが叶わず愛する人のもとを去らなければならない状況があったとしたら、そして、それが差別のもたらしたものであったとしたら…。歴史の中で幾多の人々が涙した愛し合う人々を引き裂く不合理な差別を私たちは許してはならない。決して作りだしてはならない。
ベンジャミンの目で世界を見れば、この人生を大切にせずにはいられない。過去のことをくよくよと考えるより、永遠に続く「現在」を大切にせずにはいられない。あなたの視点をちょっとだけ彼の人生に投影させてみてほしい。(G)

 

08年・米166分・ワーナー・ブラザース映画配給

 

 

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