世界最速のインディアン

 

スピードの神に恋した男

 

アメリカ合衆国ユタ州北西部にボンネビル・ソルトフラッツ(Bonneville Salt Flats)という塩の平原がある。毎年塩が乾きやすい8月に、地上最速を競うモータースポーツの大会が開催されている。この映画の主人公バート・マンローは、このボンネビルで記録を打ちたてたいと願っていた。わずかな年金を節約して、地球の裏側までの旅費を工面した彼は、自ら改造した「インディアン」という名前のオートバイでついに出場を果たす。

「世界最速のインディアン」は、ニュージーランド人の老人が年齢をかえりみずスピードを求め続けた実話を基にした映画である。愛すべきヒーローを演じるのは、名優アンソニー・ホプキンス。前立腺肥大からくる頻尿や狭心症に悩まされながらも、砕けた人懐っこさで周りにいる人たちを巻き込んでいく彼の生き方に思わず微笑んでしまう場面が数多い。彼と出会った人々はみな彼に心を開き、彼の力になろうとする。世の中にはいい人ばかりで悪人なんていないんじゃないのかなあと思わされる。

バートの宿泊するモーテルで働く女装男性ティナはとても心温かく、甲斐甲斐しく彼の手助けをする。ユタ州までの移動手段として中古車を売ってくれたフェルナンドは彼に「うちで働かないか」と声をかけ、一晩の宿を提供してくれたアメリカン・インディアンの老人は前立腺肥大の秘薬を分けてくれる。心根の優しい人たちが、ヴェトナム戦争で苦しんでいるはずの時代のアメリカの美しい部分を織り成していく。

老人といえば、私たちは枯れたイメージを持つことが多い。しかし、この映画で描かれるバート・マンローという60歳を過ぎた男性は、スピードを愛し、いつまでも精力的で、活動的で、人生を楽しんでいる。意欲と実践力をもった彼の生き様にパワーを引き出される不思議な映画である。

 

「エンパワメント」という言葉がある。日本語に訳そうとするとなかなか難しい言葉だ。一般に広く知られるようになったのは、1995年に北京で開催された第4回女性会議でメディアが取り上げてからである。この言葉は日本で広く使われるようになったころ誤解も生んだ。つまり、em/power/mentというこの英語は、emという部分が「~する」という意味の接頭辞で、真ん中にpowerという言葉が隠されている。もともとは「パワーのある状態にする」という意味の英語である。そこまではいいのだが、多くの人が誤解したのは、あたかも力をもっている人が力をもたない人に力を「あげる」という図式で解釈したのだ。これは、間違いである。

すべての人間は、パワー(力)をもっている存在である。しかし、状況や条件によってそのもてるパワーを発揮できない状態になっている。それは、差別の結果であって、抑圧されることによってそういう状況に置かれてしまっているのだ。そんな風に自ら本来もっているはずのパワーを発揮できない状況に置かれている人に対して、あなたが支援や働きかけをすることによってその人自身が内なる力に気づき、その力を表に出していく。これを「エンパワメント」と呼ぶべきなのだ。

 

「危険が人生に薬味を加えてくれるのさ。バイクにまたがった5分間は、普通の人の一生に値する」と語るこのじいさん。きっとあなたをエンパワーしてくれるよ。

 

05年・ニュージーランド=アメリカ・127分・ソニーピクチャーズ エンタテイメント配給

 

 

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