いのちの食べかた

 

 

「食」のドキュメンタリー

40%。何の数字だと思われるだろうか?日本のカロリーベースの総合食糧自給率だ。

では、300万トンは?日本人が1年間に消費する肉の量だそうな。

 

背筋が寒くなるほどに説得力のある映画を観てきた。「いのちの食べかた」がそれだ。

 

農業の実態を知らない私は、土と太陽と雨の恵みとやわらかな命に囲まれた牧歌的な産業というイメージを抱いていた。しかし、この映画の中で扱われる第1次産業は、機械化と効率化を追求した第2次産業の様相を呈している。命の大切さと切なさと人間の業の深さと食物連鎖とさまざまなことに思いを馳せさせられる作品である。

 

私は言葉の力を信じているが、この台詞がない音楽もない記録映画を観て、映像だけの提示が人の想像力を掻きたて、能動的な観賞を引き出すという事実に少しびっくりしている。

 

ゲイハルター監督は自らデジタルカメラを手に持ち、私たちを驚異と畏怖の世界に連れて行ってくれる。2003年10月から2005年の10月にかけて彼と彼のスタッフはヨーロッパを横断して巨大な食糧産業の現場を記録した。しかし、私たちの思考を方向づけようとするナレーションはない。彼のメッセージはこうだ「見て、考えてくれ」。

 

動物を殺す場面は文字通り残酷だ。ある女性がひとり座ったまま鶏の首を切り落とす作業をしている。この作業はとても重要で、彼女がきちんと仕事をすることで鳥たちはその後の行程で苦しまずに済むのだ。この女性の姿と逆さづりにされた鳥たちと彼女のエプロンから床に滴り落ちる血とその血が床の上で雨上がりの水溜りのようになっている光景にどんなナレーションがはいったとしても、それは上滑りなものになってしまうに違いない。

 

ドキュメンタリー監督で作家の森達也さんが、子ども向けに書いた「いのちの食べかた」(理論社)という本がある。平易な文体で、素朴な疑問に答えてゆくのだが、内容は大人にも読み応えのある文明論となっている。ちなみにこの映画の邦題は、了解を得てこの著書からとったものだ。

 

森さんは、この本の中でこう語る。

“僕たちはとても身勝手で矛盾した生きものだ。それが良いか悪いかは別にして、とにかく君の身の回りのほとんどは、たくさんの「いのち」の犠牲の上に成り立っている。

宮沢賢治が書いた『よだかの星』は知っているかい?もし知らなければぜひ読んでほしい。よだかはとても醜い鳥だった。夜に飛ぶことと、たくさんの虫を飛びながら食べることで、ほかの鳥たちから気味悪がられ、いつも嘲笑されていた。でもよだかは、じつはとても心優しい鳥だった。生きるためにたくさんの虫を食べなくてはいけない自分の運命に悩み、心を痛め、ついには自分の命と引き換えに、夜空の星になる話だ。

星になれない僕らはどうすべきか。知ることだと僕は思う。知ってそのうえで、生きてゆくしかない。それはとてもつらいことだ。でもつらいからといって目をそむけてはいけない“

 

ゲイハルター監督も私たちに「見過ごすのは簡単だよ。でも、目をそむけて行くつもりかい?」と問うている。(G)

 

05年・ドイツ=オーストリア・92分・エスパース・サロウ配給

 

 

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