硫黄島からの手紙

 

アメリカのきもち、日本のきもち、同じきもち

 

日本にとっては、負け戦=苦い思い出であり、アメリカにとっては愛国心の象徴ともなった硫黄島の戦いをアメリカ人が映画にしたという。日本側の視点に立って作られたというが、勝った国が負けた国のことをどこまで理解して作ることができるのか、少し懐疑的だった。しかし、見事に裏切られた。

素晴らしい作品だ。どう表現したらいいのかわからないが、アメリカにとっても日本にとっても同じことだったんだ。みんなが犠牲者だったんだ。

ご存知の方も多いだろうが、「硫黄島からの手紙」は、クリント・イーストウッド監督が1945年硫黄島での日米の戦いを描いた2部作の2作目にあたる。1作目の「父親たちの星条旗」は、硫黄島の摺鉢山で星条旗を掲げた米兵のうちの3人が、後に戦時国債を売るキャンペーンの広告塔として利用されたお話である。

戦争映画の多くは、どちらかが正義で、どちらかが悪であると描かれる。しかし、人生も戦争もそういうものではない。この2本の映画も、勝ち負けを描いたものではない。戦争が人間に与える影響、その人の人生に与える影響を描いたものである。

「硫黄島からの手紙」では、戦闘の指揮を執った栗林中将(渡辺謙)と日本に身重の妻を残してきた西郷(二宮和也)の二人が、話の中心となる。タイトルにある“手紙”は、妻を想い子どものことを気にかける愛情の深い父親である二人が家族に宛てて書く“手紙”のことを指している。

1945年2月19日、アメリカ軍の上陸によって始まった硫黄島攻防戦。その圧倒的な兵力の前に5日で終わるだろうといわれたこの硫黄島戦を、36日間にもおよぶ死闘に変えた男たちがいた。アメリカ留学経験もある栗林は、従来の常識にとらわれない秘策を生み出す一方で、死こそ名誉とされた戦場で、兵士たちに「死ぬな」と命じた。最後の最後まで生き延びて、本土にいる家族のために、一日でも長くこの島を守り抜けと。

栗林に助けられ希望を見出す若き兵士、栗林の頼もしい理解者となるロサンゼルス・オリンピックの金メダリスト、栗林の奇策に反発し玉砕を貫こうとする厳格な軍人、元憲兵隊のエリート。彼らは何を思いながら戦っていたのか。61年後に硫黄島から掘り起こされた手紙が、その心情を照らし出し、戦争が兵士たちの人生にもたらした影響を描いていく。

 

東京から南へ1,250km。日本の最南端に近い太平洋に浮かぶ涙の形をした島。周囲22kmほどの小さな島で、60余年前に何があったか、あなたは知っていただろうか。硫黄島の戦いで日本軍は二万一千人の守備兵力のうちのほとんどを失った。アメリカ軍は戦死六千八百人、戦傷二万二千人の損害を受けた。この戦いは、太平洋戦争後期の島嶼防衛戦において、アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った唯一の戦闘であった。2月23日に星条旗を摺鉢山に掲げた6人の海兵隊員のうち、生きて故国の地を踏むことができたのは3名のみであった。硫黄島の奪取によって、アメリカ軍は日本本土空襲のための理想的な中間基地を手に入れた。

 

この映画を観終えた後、あなたも気づくと思う。日本の兵隊もアメリカの兵隊も同じ思いで戦っていたのだ。ただ「家に帰りたい」という気持ちで。(G)

 

06年・米・141分・ワーナーブラザース

 

 

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