シンドラーのリスト

 

人は変われる

 

「もっと多くの人が救えたはずだ。あんなに金を無駄に使わなければ。この車。俺はなぜこの車を持ってるんだ。この車で十人は救えた。このピン。これは金でできている。二人は救えたはずだ。」

 

人は変われるものだ。「シンドラーのリスト」を観て、そう思う。金と女のことしか頭になかった男が、自分の富を削ってユダヤ人たちを助けようとする。

「日本のシンドラー」と呼ばれた杉原千畝さんの原点となる人物の映画化を試みたのは、娯楽映画の神様スティーヴン・スピルバーグであった。

第二次大戦下、多くのユダヤ人をナチスの虐殺から救った実在のドイツ人実業家の姿を、ドキュメンタリー・タッチで描いた大作である。194分の長編であるにもかかわらず、その物語の展開は、彼の他の作品にもまして「さすが」とうならされる敏腕で、観るものを映像の中に引き込んでいく。

 

1939年、ポーランドの南部にあるクラクフという街にドイツ軍が侵攻した。ドイツ人実業家のオスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)は、軍の幹部たちが集まる酒場に出入りし、言葉巧みに彼らに取り入る。軍の有力者とコネをつくったシンドラーはユダヤ人のイツァーク・シュテルン(ベン・キングズレイ)を会計士に選び、軍用ホーロー容器の事業を始める。ユダヤ人たちが安価な労働力として、シンドラーの工場に続々と集められた。事業はたちまち軌道に乗る。

ユダヤ人居住区が閉鎖される日、シンドラーは、小高い丘の上から、ドイツ軍兵士たちが住民を追いたて、罪もない人々を次々に虐殺していく光景を目撃した。シンドラーは、赤いコートを着た少女を目で追いかける。ほとんどがモノクロの映像のこの作品の中で、この少女のコートの赤だけが白黒の背景にカラーで示される。

44年、敗戦色濃いドイツ軍は、ユダヤ人をアウシュヴィッツへと送り込みはじめた。シンドラーは、チェコに工場を移すという理由で、ユダヤ人労働者を金と引き換えに要求する。シュテルンとともに作ったリストには1200人のユダヤ人が名を連ねた。

その半分が手違いでシンドラーの工場がある街でなく、アウシュヴィッツに送られる。シンドラーは、急ぎアウシュヴィッツに赴き、「労働力を返せ」と要求する。彼は、労働力が欲しいのではなかった。家族も同様に感じているリストに載った人々を取り戻したかったのだ。

全編を通じてのシンドラーのユダヤ人に対する態度の変化は、急激なものではない。ゆっくりとしかも自然な変化である。

 

人は人と出会い、同じ時間を過ごし、対話を重ねる中で、その人に対する思いや感情が形成されていく。「○○は△△だ」という先入観・偏見を打ち砕くのは、バランスの取れた人間性とその人とどれだけ同じ時間を過ごし、どれだけ理解しようと努めたかではないだろうか。

戦争という狂気の中で、人間主義・人道主義に徹していった一人の人間の生き様を描いた本作品は、多くの感動を呼び、第66回アカデミー賞では、最優秀作品賞・監督賞ほか7部門を受賞した。

シュテルンがシンドラーに言った「一人を救う人は、世界を救う」という言葉が心に残る。(G)

 

93年・米・194分・UPI配給

 

 

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