クジラの島の少女

 

勇者伝説に挑む少女

 

ニュー・ジーランドの東岸にクジラに乗ってやってきた勇者パイケアの伝説を信じる村があった。千年前、遠くハワイキから新天地を求め出発した勇者パイケアが、苦しい航海の末、クジラの背中に乗りたどり着いたというマオリの民族神話である。その村の指導者は先祖代々長男が継ぐものとされてきた。頑なな家父長制度の中で11歳の女の子パイは、自分が新しい指導者になりたいと望む。しかし、彼女の祖父コロは男性指導者の伝統に囚われていた。パイは、自分の夢を叶えるために大好きな祖父と千年の伝統と闘わなくてはならなかった。「クジラの島の少女」は、美しく、力強く、心を揺さぶられる物語である。

原作はマオリ出身の作家、ウィティ・イヒマエラの小説『ザ・ホエール・ライダー』。監督・脚本のニキ・カーロは、この原作を忠実に描き出した。切なく、時に悲しく、しかし紛れもなく元気をくれる映画である。

オーストラリアのアボリジニと同じようにニュー・ジーランドの原住民マオリの人々は白人の政治的・文化的圧力を避けられない状況に置かれてきた。それはアメリカやヨーロッパのように強く優位な立場にいるものにとっては理解しがたく、また知られていない歴史でもある。

この映画には、まったくと言っていいほど白人は出てこない。子どもたちの着ているTシャツとラジカセから流れる音楽がこの国を支配する多数派の押し寄せる影響を暗示するだけである。出演者もアメリカ人にとっては、ほとんど名前を知られていない役者ばかりである。主役のパイ役を演じるケイシャ・キャッスル=ヒューズは、その堂々とした演技と魅力的な躍動感で、ひとつひとつのシーンに生命を吹き込んでいる。アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた事実も頷ける。

パイは、双子の1人として生まれた。もう1人の男の子は、出産と同時に母親とともに命を落としてしまう。男児の誕生をただただ心待ちにしていたパイの祖父コロは、母親の死よりも男児の容態を気にする有様だった。悲しみに打ちひしがれたパイの父は村を離れ、彼女は祖父母のもとで育てられる。絶えゆく民族文化を危惧するコロは、男の後継者を望むあまり、当初、女性であるパイの存在を受け入れることが出来なかった。しかし、彼女の成長とともに、やがて孫を深く愛するようになる。11歳になったパイを自転車の後ろに乗っけて学校まで送る姿は、孫への愛情にあふれた祖父以外の何者でもなかった。そして、コロの妻、パイの祖母はいつでも彼女の味方だった。

自分の後継者はあくまでも男でないといけないと信じるコロ。大好きな祖父コロに、女であるがゆえに認められないパイ。「クジラの島の少女」は甘ったるい感傷的な映画には程遠いけれど、女性監督による女性を元気づけようとする映画である。いや、女性だけではなく、観る人みんなを元気づけてくれる。

現実と幻想が織り成す物語は、マオリの人たちの尊厳と信念を大切にしながら作られている。ニキ・カーロ監督は、マオリの人たちの世界へ謙虚に慎重に入り込んでいく。あくまでも忠実に彼らの世界の描写を試みながら、ジェンダーのメッセージを携えることを忘れてはいない。

彼女はこう言うのだ、「女の子だからできないってことがあるなら言ってみなさいよ!」(G)

 

02年・ニュー・ジーランド・101分・日本ヘラルド映画配給

 

 

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