ホテル・ルワンダ

 

息をのむ実話

 

2004年12月、アメリカで公開された「ホテル・ルワンダ」はまたたく間に評判となり、批評家たちにも大絶賛され、アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞の主要部門にノミネートされた。しかし、日本では国内配給会社による買い手がつかず“お蔵入り”の状況を余儀なくされていた。そのような中、「この映画を日本でも観たい」と20代の若者が立ち上がり、ネットで署名運動を展開。5000通もの署名を集め、その熱意でついに日本公開が決定した。

舞台は1994年のルワンダ。長年続いていた民族間の争いが大虐殺に発展し100万人もの罪なき人々が惨殺される。世界中がこの悲劇を黙殺する中、現地のあるホテルの支配人は行き場のない人々をホテルにかくまい始める。「ホテル・ルワンダ」は、家族を守ることだけを考えていた1人の父親が、1200人を救う英雄へと変貌する過程を描いた感動の実話である。

 

この国では多数派のフツ族と少数派のツチ族との間で幾度となく血が流されてきた。ラジオからはツチ族への憎しみを煽る放送が流れる。外資系高級ホテル、ミル・コリンズで支配人を務めるポール(ドン・チードル)は多数派のフツ族でありながら、同胞の強行的な姿勢に頭を悩ませていた。なぜなら彼の妻タティアナはツチ族だからだ。西側の旅行者や軍の幹部クラスが利用するミル・コリンズで、ポールは政治的有力者とのコネをつくり、いざというときは自分の家族を守るために役立てようと考えていた。

大統領暗殺を契機にツチ族に憎しみを抱くフツ族の民兵たちが暴徒と化し虐殺を始める。ポールはツチ族の親戚や友人をホテルにかくまった。状況が悪化するにつれ、多数の避難民がホテルに押し寄せてくる。ポールはホテルマンとして培った話術と機転で虐殺者たちを懐柔し、翻弄し、ときには脅しながら、避難民たちの命を守り抜く。

心に残った印象的な場面がある。西側のテレビ局が取材に来ていた。虐殺の現場をカメラにおさめ、そのシーンをトップニュースで流すという。撮影したカメラマンにポールが感謝するのだ、「これで世界が注目してくれます。治安回復のために軍隊を送ってくれるはずだ」。しかしカメラマンは静かに答える、「人々がこの映像を見たら、ああ、なんてこった、こりゃひどいって言って、そのまま夕食を続けるだけだよ」。

 

この映画が指摘し続けるのはアフリカの惨状とそれに対する国際社会の反応との隔たりである。ルワンダでの虐殺が示す残虐性に対して、先進国側の人間が無関心を決め込むことで、まるで最初から存在していなかったかのようにしているという残酷さも指摘している。知らないこと、無関心であることが差別であることを教えられる。

 

無関心は、大切なものを見る目を、大事なことを聞く耳をふさぐ。他人に対する無関心はやがて自分自身に対する無関心となるだろう。無関心は罪であり、私たちは無関心と闘っていかなくてはならない。愛の対極にあるのは憎しみではない。無関心である。平和の対極にあるのは戦争ではない。無関心である。生の対極にあるのは死ではない。無関心、生と死に対する無関心である。

差別や偏見などの問題は、正しい理解・知識がなければ克服できない。私たちは教育によって無関心と闘う。人間としてどんな行動をとることが正しいのか。その状況におかれた自分自身を想像できるか。理性・想像力・教育の大切さと難しさをあらためて認識させられる。(G)

 

04年・南アフリカ=イギリス=イタリア・122分・メディアスーツ配給

 

※「~族」という呼称は、差別を連想させるものとして、現在公式の場では使用されていませんが、本稿では話をわかりやすくするためにあえて使用しました。ご理解いただきますよう。

 

 

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