絵の中のぼくの村

 

いまや絵の中にしかない心象風景

 

絵本作家の田島征三の自伝的エッセイが原作。双子の兄の征彦と高知県芳原村(現春野町)に住んでいた幼ない日のエピソードが描かれる。戦後間もないころの日本のどこにでもあるような風景がなつかしい。しかし、それは今や彼らの絵の中だけの心の風景なのだ。

親戚の家の離れに住む主人公一家は、農地改革で土地を奪われ卑屈になったその家の主に差別的な扱いやいじめを受ける。さっさと逃げ出し家に寄りつかない教育委員会勤めの夫のせいもあり、原田美枝子演じる教師である母親は一身にそれを受けるのである。彼女はくじけそうになりながらも、しかしたくましくしたたかに生きていく。だからこそ、ラスト近くで彼女が発する衝撃的なことばが深く心に刺さる。

…センジという子どもが転校してくる。映画の中では戦災孤児かと思ったが、原作の中では必ずしもそうとは書かれていない。ぼろぼろの服を着て教科書も何も持たずに登校してくる彼を、校長は「教科書も持たずに、何しに来た!」と罵倒し、何かにつけいじめるのである。彼の唯一の友だちは学級の中で孤立していた征三兄弟なのだが、二人を含めて子どもたちは校長が恐くて誰も何も言えない。ある日、二人はセンジに家に遊びに来いと誘う。センジは二人の家に行くものの正面から入れず裏の畑の方から顔をのぞかせる。それを見た母親が陰から征三たちに押し殺したような声で言うのだ。「あの子だけはいかんぞね。帰ってもらい。」…

原作の中で征三は回想する。

―なぜ、あの時母がそういったかはわからない。母は隣村の小学校に通う教師であり、貧しい家庭の子どもや、被差別部落の人たちに温かい気持ちで接していたし、ぼくらが、弱い者をいじめたりすると、強く叱るような正義感の強い人だった。だから、なぜあのとき母があのようなことばを僕にいったのか今でもわからないでいる―

高知は、教科書無償の取り組みの発祥地である。運動の背景にこうした現実があちこちで起きていたのかもしれない。

この映画の前に「橋のない川」を撮っている東陽一の力メラは、センジや真冬に裸足で登校するしかない貧しい少女など厳しい立場の人々を誇張することなく淡々と描いている。双子の目を通して夢とも現実ともつかない世界が描かれる中でこれだけは実にリアリティなのだ。その奥に、彼の差別への強い怒りが見える気がする。

…「わかっちゅう、わかっちゅう。やっぱりね。」センジは二人から何も聞かず、そうつぶやきながら彼らの前から去っていく。そして二度と会うことはなかった。

差別の重層構造とよくいわれるが、これほどまで端的にそれを表現した映画は今までなかったのではないだろうか。

見終えた後、すぐに立ち上がれなかった。やはり学校は、厳しい立場の子どもたちにとって登校すること自体がしんどい場所なのだろうか…。そして、わたしが受け持った「センジ」の顔が浮かんできたからである。(o)

 

97年日本映画・112分・ビデオ廃盤

 

 

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